人間は人と出逢うために生きていると思っています。
では、人生のうちで出逢いと別れの数ってどっちが多いのでしょうか。
答えは簡単で、「出逢いの数=別れの数」となります。
したがってたとえば5000人の友人がいらっしゃる方の場合、
5000回の出逢いと同じく5000回の別れがあります。
これはもうしょうがない。
出逢わなければ別れることはないし、いつか必ず別れが来るものなんだ。
しかるに人生は得やすく失いやすい。「easy come,easy go」です。

でもだからこそ、出逢いと別れは尊く、有り難いものなのかもしれません。
ということで、ゲーム世界での出逢いと別れと言うものを論じます。

人生とは出逢いと別れというこの2つのサイクルに集約されるように、
RPGにおいてもやはり出逢いと別れを楽しむものです。
RPGとは主人公と彼をとりまくキャラとの出逢いと別れの物語に他なりません。
出逢いも別れもエレメンタリィにして最もドラスティックかつドラマティックなイベントですからね。
「この演出がしたかったんだよー。」というのは大抵出逢いか別れでしょう。

しかし我々は知っているッ!
いや、もっとドラスティックでドラマティックなイベントを知っているッ!

それは・・・「再会」です。
別れたはずがもう一度出逢う。これはなんとファンタスティックなことでしょう。
しかし別れとはもう一度出逢う布石でもあるんです。

中国語で「さよなら」は「再見(ツァイツェン)」と言い、
「さよなら」とはまた逢おうという意味なのです。
これは小学校の時の担任が教えてくれたものです。
またイタリアギャングの使う「アリーヴェデルチ」というセリフは「さよならだ」を意味しますが、
グーグル翻訳すると「a rrivederci」は「また逢う」という意味で翻訳されました。
つまり別れとは再会を約束するもの。これは素敵なことです。
しかしRPG世界では素敵なことでは済まされないケースもあります。

一旦抜けたはずの仲間が再び加入する。
これは制作者側としては結構頭を悩ませるイベントだと思います。
何故ならここに装備品とレベルの問題が浮上するからです。
一旦抜けるってことはそこで成長が止まるというもの。
主人公たちは成長しているのに、再会した仲間は抜けた時のまま・・・。
こんなことはRPG界では結構常識なんですけど、
いざ作ってみると結構そのバランスが悩ましいもの。

成長させずに抜けた時のままの状態であれば、
残念ながら再加入してもしばらくは馬車を温めることになります。
「お前・・・今まで何しとったんや・・・。遊んでたんかい・・・。」
という感じになり、抜けていたスパンに依りますがしばらく戦力にならないことになるでしょう。

では再加入時に成長させていたらどうでしょうか。
しかし抜けた時点での状態では弱いと使い物にならないからと言って、
それを安易に成長させるのは賢明とは言えません。
何度もテストプレイを重ねて、主人公たちのおおよその成長度に鑑みて、
大体これくらいの成長をさせておけば問題なかろうと再会時に調整したとしましょう。
しかし仮にも第一線で魔王軍との熾烈な凌ぎ合いを毎日している主人公と、
抜けた人間が同等の成長をしているなんてどんな修行してんのよってなりますw
また抜けた人間だってパーティの一部なんだから、
そいつを成長させる楽しみだってあるのがRPGじゃあないですか。

この状況はマンガ世界だったら再加入時に成長していないとおかしいんですけど、
ことRPG世界に限って言えば再加入時に成長してなくても、
プレイヤーは割とすんなり受け入れてくれるのものなんですね。
なんですねってこともないですけど、再会っていいですよね。


キャプチャ

ということで、制作中のゲームも微調整に微調整を加える日々です。
この「オプション」で「タッチパネル」仕様にしたい設定を加えたいんだけども、
どうしても出来ないから・・・滞ってますw