御味噌屋

RPG maker MVでゲーム制作してます。 素材・プラグインなんかもご紹介できたら。 いや、まずはエターナる前に完成させねば。

2019年06月

ということで、pixivにアップしました。

アニメ「ゾンビランドサーガ」より純子と愛です。
いわゆる純愛コンビというツートップ。

ほんにやーらしかなコンビで。

いやー、おもろかったよ。2期が楽しみなアニメですね。
うん、この2019春アニメで一番おもろいわ。(2018秋アニメですw)
今ちょうどTOKYO MXで再放送やってるから見てますが、
金曜深夜は「ゾンビランド」「ジョジョ5部」という強烈な1時間なんです。

どっちもよく手足が取れるし、すぐくっつくし、そういえばブチャラティもゾンビだし。

そう、ジョジョは手足なんぞ取れたって護衛チームには2人もくっつけられる人いるもんね。

そりゃ手足取れてもいいやって戦い方するわねw


正反対かなと思ってたこの2アニメ、意外にも似ているッ(似ていないw)
どっちも面白いのは何故かというと、どっちも熱量がすごいから。
制作の本気がうかがえるから面白いんですよね。

しかしゾンビランドに2期があるとしたらどんな感じなんだろうか。
まぁ、1期は中途半端な終わり方だけども、でもこれはこれでいいのではないかな。
だって結局フランシュシュが佐賀県を救ったら、
もうフランシュシュの目標は達成されたわけで、あとはみなさん土に還る感じになりそうだしね。
逆に2期が見たいと思ってるくらいがちょうどいいのかも。



バーン!
ゾンビランド2

ということでした!

ということで、この1週間は今後の制作ペースを上げるためにあえて1週間何もしませんでしたw
いつも休み休みやっているだろうと言われたら反論出来ませんが、
しかしこの1週間はパソコンに触れないという完全オフ指令を出しました。
おかげでかなりスッキリで今後の制作に好影響を及ぼすと思います。

で、この1週間のうちに何をしてたかというと、DIYとか掃除とか子どもとゲームしまくるとか、
宇宙の勉強とか読書をしてみるとかいろいろ楽しめました。
その中で楽しかったのが「ガシャポン2000円分引いてみる」というものでした。
欲しいガチャが3種ほどあったので、それぞれ600円ずつくらい使ってみようというもの。
で、近くのドンキホーテに赴いてガシャポンゾーンでわくわくしてみました。
しかし途中でガシャポンの不調でカプセルが出てこず、お金も返ってこずというアクシデントが!
店員さんを呼んだところちょっと直せそうになかったらしく、
「好きなの持っていっていいですよー。」とラッキーな展開になりました。

まぁ、普通の人ならどれにしようかよく吟味するところでしょう。
しかし私は目をつぶって奥の方からカプセルを取ったのでした。
妻からは「あんた何してんねん。好きなのとりんさいや。」と責められました。
しかし私にとっては「ガシャポンの楽しさはそうじゃない、何が出るかわからんからいいのだ。」
まぁそうでしょう。そのスリルを味わいたいからガシャポンを引くのであって、
ただ揃えたいだけならメルカリで揃ってるのを買えばいいのだから。

で、私は結局そこでドラゴンボールでいうところのヤムチャ的なキャラを引いたのですが、
妻から「まぁハズレだよね。」って言われました。
ちょっと待てや、そのセリフは聞き捨てならねぇということで、小一時間ほど説教タイム。

私は好きな野球チームは?と聞かれると
「ない。すべて好き。全体として好き」と答えます。
ラブライブでも推しメンは?と聞かれても
「いない。全員好き。誰が欠けてもダメ。」と答えます。
ハズレとかないんだよ。全員が当たりなんだってば。
その作品全体が好きなので誰が好きとか嫌いとかそういう議論はナンセンス。
そもそもキャラの良さってその人単独で成り立つものではないと思ってます。
あくまで周りのキャラとの相関関係でキャラの良さが光るものであり、
周りのキャラとの切磋琢磨や凌ぎ合いがその作品世界の良さを作るものだと思ってます。
しかるに無駄なキャラなんていないんですよ。みんな意味があってそこにいる。
みんな違ってみんないいなんです。だからハズレなんてない。
そもそも作品自体が好きでなければキャラの好きも嫌いもありません。
裏返せば作品自体が好きであればどのキャラも好きも嫌いもないでしょう。
どのキャラもその作品世界を彩る1ピース。
1つでも欠けたらパズルは完成しませんもんね。

という小噺を妻にしたのですが「ちょっと何言ってるかわからない。」ということでした。


今日はボス論を。
人は群生動物なので、基本的には群れて生活します。
俺は一人で生きていると思っているのは中学二年生くらいです。
みな誰かと支えあいながら生きています。

このへんはアリやハチやサルなど社会性の高い動物も同じですね。
その中ではボスと呼ばれるえらい人の存在が不可欠です。
アリやハチは女王を頂点としたヒエラルキーが存在しますが、
外見上はカーストのように見えて実はそうではなく、
役割としての女王であるだけで、権威があるわけではなさそうです。
女王は卵を産む役というだけの役割であり、女王がもし死んでも、
働きバチの中からあたいが次の女王やりますって感じですぐに替えがきくとか。

逆にサルなんかはチカラ関係で優位に立つボスがいるように、チカラ社会です。
その集団の中で最強のオスがボスになります。
ボスになればその縄張りの中では一番偉いのでバナナ取ってこいと威張れたりしますが、
当然その集団を外部から守らなければならないので、
やはりチカラだけではなくリーダーシップも必要になります。
みんなからの畏敬の対象でありつつ、慕われもしないといけませんね。
このボスは役割というだけでなく象徴でもあるわけです。
そのボスの存在理由としてはそのリーダーシップでもって集団を正しく導くためです。
つまり集団ありきの集団のためのボスというわけですね。

打って変わってRPG世界には魔王軍というものがあります。
魔王軍の頂点には魔王がおり、強力なリーダーシップでもって世界征服を企図します。
魔王は数多のライバルとの出世競争に勝ち抜いて魔王に成り上がったのでしょうか。
否、魔王は生まれながらにして魔王です。
魔王軍とは魔王が世界征服を円滑に進めるためのものであり、魔王のためのものです。
魔王がその目的を達するために作ったものであり、魔王ありきの集団ということになります。
しかし魔王というのはその有り余る強大なチカラでもって世界征服をすればいいわけで、
部下なんて必要なのでしょうかという疑問があります。
部下とかいらんやんってくらいに強過ぎる魔王にとって部下とはなんのためにいるのでしょう。

るろうに剣心の志々雄真実はスタミナに不安があるため十本刀という部下がいました。
これはある意味合理的です。
また彼は帝王然としたボスらしさを持っていますが、
しかし時折端々に部下へのねぎらいや思いやり?があったりするので、
チカラだけでなくそのカリスマ性でもって人心掌握したボスの中のボスだと言えます。

トライガンのナイブズ=ミリオンズにはガンホーガンズという部下がいました。
ボスであるナイブズが集めたことには変わらないのですが、
どちらかというとボスが組織したというよりもボスに心酔して寄り集まって出来た感があります。
当のボスとしては人間自体を忌み嫌っており、絶滅させたいと思っているので、
その気持ちは部下に対しても例外ではなく、部下も他の人間同様にゴミ同然に思っています。
あまり覚えていませんが、抽象的な命令しか出していなかったように思えます。
こういう上司を持つと部下は命令で動くというよりは忖度で動くことになります。
直接的な命令はないけども、おそらくこういうことをするとボスは喜ぶんだろうな・・・
というイマジネーションがものを言う忖度でもって行動します。
しかし主人公を勝手に殺そうものなら逆にボスの逆鱗に触れることになるので、
勝手は許されずある程度気の利いた忖度が必要となります。
部下としてはちょっとやりにくい感がある上司ですねw

話を戻すと魔王は世界征服を達成するために魔王軍を組織したのであって、
世界征服後にその魔王軍はどうするつもりなのでしょうか。
魔王軍による素晴らしい世界を築くことまで考えているのでしょうか。
そういうことであるならば合理的なのかもしれません。
なぜなら当然魔王にも出来ないことはあるからです。
たとえば金勘定系の仕事は経理に任せたいし、
移動手段の確保やスケジュール管理のために秘書だって欲しい。
魔王に出来ないことを部下に任せるために集団を作るのです。
魔王に出来ないこと。それは戦い以外の面倒な雑務でしょう。
勇者を頂点とする人間世界を征服したならば戦いは必要がなくなります。
その後のことまで考えて魔王軍を組織しているのだからこそ、魔王は有能なのです。

前の時代を壊すことよりも新時代を創る方が何倍も難しいと聞きます。
魔王は来たるべき魔王時代を創るために有能な部下を登用し、魔王軍を率いているのです。

最後にかの名将野村克也監督はこう述べています。

「組織はリーダーの力量以上には伸びない。」

つまりボスはその絶大なチカラやカリスマ性でもって組織を率いるのだけれども、
ボスもまたそこにあぐらをかくのではなく、絶えず成長しなくてはならない。
そうでなければその組織も成長しないのだから。
魔王も常に勉強しないといけないということですね。


「はにかむあまいプリマヴェール so sweet shying」

music:神楽坂 味噌乃
lyric:神楽坂 味噌乃

music:幸野 綺華 様
special thanks:Lute 様



心のキャンバス 青い絵の具切らしてるね、でも平気
誰も気付かない色の景色、臨むように想い混ぜて


もどかしさに頬を染めて、咲く春の花びらを
そう、風に蒔けば思い浮かぶ、もう帰れない景色


想いのコンパス 透明の針乱れてるね、でも平気
誰も入れない花畑の香りの中、手を握って


悲しさより虚しさより募るのは、楽しさで
羽があれば どこまででも越えられる 私は so sweet shying


鮮やかに色づいたあまく柔らかな春を
はにかむ笑顔のままで、そっと包むように咲かせる


ああ 春になれば、また出逢える はしゃぐような花の音を
そう 繋ぎ集め風にのせる 歌声は so sweet shying


彩りに満ち足りた淡い喜びの中で
言葉じゃ伝えられない想い伝えたくて惑う


鮮やかに色づいた あまく柔らかな春を
はにかむ笑顔のままで、そっと包むように咲かせる


ということで、NASTURTIUM挿入歌の春の曲です。
春の曲なんですけど、もう6月なんですよね。
春にご紹介出来たらと思ったんですけど・・・。
ミキシングにてめちゃくちゃ時間かかってしまったのでした。

イメージとしては「You can't hurry love」です。
かつて組んでるバンドの方でこの曲をカバーをすることになった時に、
この「ダッダーダーダッダダダー」というモータウンビート。
これになにかこうノスタルジーを感じずにいられず、

「モータウンビートの女性ボーカルの曲は売れる」みたいな記事を読んで閃いたものです。


楽曲は明るく切なくをモットーにしました。

歌っていただいた幸野 綺華 様はこの明るく切なくがすごくマッチしておりまして、

ステキな歌声をありがとうございます。


また今回は初の試みとしてギターソロをギタリストの方に弾いていただきました。

なぜ御味噌屋が弾かなかったのか。

引き出しが尽きたからですw

引き出しが3つくらいしかないので、やはりここは専門の方にお願いしたほうがよいかと。

御味噌屋は後ろのバッキングだけ弾きました。

ギターソロはLute様に弾いていただいております。

ステキなギターソロをありがとうございます!

ということで、予定していた楽曲制作は終わりました。

私は何をしているのだろうw

音楽制作は辛くもあるししんどかった。

しかし凄く楽しかったです。

これからは何か人様にご提供できるような楽曲制作をしてみたいな。


ということで、楽曲紹介でした!

少し前だけど、うちを得意先としてる業者さんに新入社員が入ってきたということで挨拶に来られました。
新入社員か〜、懐かしいなあ。10数年前の淡い記憶が蘇る。
で、この御味噌屋はその子に打ち合わせの雑談の中、ちょっとした興味で聞いてみました。
「何で〇〇社に入ったの?」
「保険のプロになりたいからです!」

ちょっとかっこいい。
それ以上は聞かなかったけども、自分なりにこう解釈した。
仕事はなんのためにするのか?
それは当然、その仕事でお金を得て生活するためなのは明白です。
なぜならボランティアではダメなのだからね。または趣味ではダメなわけだ。
だってお金がなければ生きていけないからね。
道を極めたいのなら趣味でもいい気がするけど、
あくまでそこにお金がついてこないといけない。
つまりアマチュアではなく、パフォーマンスの対価が得られるプロフェッショナルでないといけない。
だからプロになりたい。正解です。
生活するためでもあるし、その道を極めたいからでもある。あとはどの会社かは相性の問題。
何でこの会社なのかなんてどうでもいいこと。
人が良かったというのがいちばんの理由でしょう。

よく「やりがいを感じると思ったから」という就活生がいますけど、
やりがいを目的に仕事なんて選んでたら続きまへんでーって思う。
仕事って1つの仕事の中でもたくさん行程があるからね。人によっては全行程にやりがいを感じるかもしれないし、感じられないかもしれない。
しかし言えるのはやりがいのあることばかりではなく、そのほとんどがやりがいのないものだった時に、
あなたはやりがいを感じられなければやらないのか?という疑問が残る。
時に淡々と作業的にこなす仕事もあるし、ひたすら謝ることもあると思う。
プロフェッショナルならばやりがい云々ではなく、
どんな局面でも常に高いパフォーマンスが要求されるもの。
やりがいのある仕事もない仕事も同じパフォーマンスをするにはやりがいという感覚は邪魔になるのでは?
もちろんどんな局面でもやりがい感じる方はいますけどね。

プロフェッショナルになりたいから。すごく突き刺さった。
10個以上下の子に教えてもらいました。
常に高いパフォーマンスを実現しつつ、さらに高みを目指す。
それがプロフェッショナル。褒められても、けなされても、それでも同じ温度で淡々とこなす。
そういうものに、わたしはなりたい。



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