御味噌屋

RPG maker MVでゲーム制作してます。 素材・プラグインなんかもご紹介できたら。 いや、まずはエターナる前に完成させねば。


いきなりですが、RPGツクールMVの和風素材を今更ながら購入してみました。

キャプチャ
キャプチャ

なかなか雅な感じの街が作ることが出来ますね。
ほんとに今更ながらいい素材なので早く買えばよかった。
これがあればジパングが作れますよ。
音楽も雅な感じがしてなかなかシャレオツです。



ということで、この記事は福島県の旅館より書いています。
そうです。人生初の東北ですw
この30数年間その地に足を踏み入れたことがない東北へ降り立ったのです。
(上空は通ったことあるけどね。)
しかしいわき市なんてほぼほぼ茨城県じゃあないかと言われるかもしれませんが、
そもそも茨城県自体が千葉県民からすると東北地方なんでw

さて、ゲームのプレイ動画を見るのがブームの御味噌屋です。
暑いので、。い日はエアコンの効いた部屋でゲームのプレイ動画を見るのが最高です。

最近見たのがえっと・・・「デスクリムゾン」と「アンシャントロマン」という2つの伝説的なゲーム。
この魅力的な2作品の動画を見過ぎて・・・。
オープニングとかそらで言えるようになってしまいましたw
デスクリムゾンは96年、アンシャントロマンは98年の発売であり、
当時中学1年、3年という人生において最も多感な時期だった御味噌屋は・・・
もちろんこの2ゲームをやったことがありませんw

ゲーム制作を志す者として、やはりこの2作品はやっておくべきでしたね。
しかし今やプレイ動画というもので疑似プレイ体験が出来る時代になりました。

こういう過去の伝説のゲームに触れておくというのはとても大事なことです。



今日は日本一有名な伝説のゲーム「デスクリムゾン」をご紹介。
「デスクリムゾン」は大学生の時にクソ伝説ゲーフリークの友人の紹介で知りました。
しかし当時はすでにセガサターンの時代ではなかったため、
その友人がプレイしているのを眺めておりましたね。
「デスクリムゾン」と言えば主人公コンバット越前。
彼の偉大なる3つのセリフがあまりにも有名過ぎるのでご紹介します。
しかも非常に奥が深く、日常会話でも使えるものばかりなのです。


1.「上から来るぞ、気をつけろォ!」 意味:虎穴に入らずんば虎児を得ず
仲間に対しこう注意喚起しながらも上へ向かっていくという越前の覚悟を感じる一言。
目的地へ向かうのに上へ向かわねばならない場合、
上から危険が来ようとも覚悟の上で上へ向かわねばならない。
しかし彼には仲間がいる。自分一人ならいい。
上へ向かうことは決してやめないけれども、上からの危険に対し注意を促す。
上へ行くことをやめるのであれば「上から来るぞ、下りろォ!」になるからね。
決意と覚悟、仲間思いな越前を見事に表した一言。
古今東西においてこれほどかっこいい迷言はなかなかないw
故事成語でもあるように虎児を得るには、虎穴に入らなくてはならぬ。
リスクがあるのはリターンがある証左。覚悟をもって進むほかない。

2.「なんだこの階段わァ!?」 意味:ありのまま今起こったことを話すぜ
何の変哲もない下り階段に対して吐き捨てた越前の珠玉の一言。
フツーの階段ならこんなセリフを吐きませんね。
しかし越前はこのセリフを吐きながらも、
既にその階段を下りてしまっているという尋常ならざる状況。
つまり階段を下りることを意識する前に、既に下りてしまっていることに対し、
「なんだこの階段は!?(既に勝手に階段を下っている自分がいるッ!)」
という説明のつかない不思議な現象が起こっているということです。
この現象に何らかの意図があるのだとしたら、
それは催眠術や超スピードなんてチャチなものではなさそう。
越前が階段を認識し、ある程度まで下りるという数秒の時間を、
何らかの形でふっ飛ばしたということでしょうか。まさにクリムゾン状態。

3.「せっかくだからオレはこの赤の扉を選ぶぜェ!」 意味:無礼講
「デスクリムゾン」を象徴するあまりにも有名な名言中の名言。
まず赤くない扉に対して赤い扉だと認識する越前のセンス。
そして百歩譲って赤の扉だとしても、扉自体一つしかないのに、
「赤の扉を選ぶ」とのたまった越前のセンス。
ただこれらはプレイ側の想像力でカバー出来るんですよ。
赤の扉は黒い扉ですが、扉の上に小さいですが確かに赤い宝石を確認出来ますし、
おそらくプレイヤーからは確認できない角度に、他の同様の扉がもう2つあったのでしょう。
それらは赤以外の宝石が散りばめられてたんでしょうね!

しかしながらどうしても説明のしようがないのが、
接頭語の「せっかくだから」です。
何が「せっかくだから」なのでしょうか、皆目見当がつきません。

このようにたかだが1分程度のオープニングだけでここまでの衝撃を与えてくれるこのデス様。
出来ることなら今ナウこのゲームをやってみたい。
②では「アンシャントロマン」のご紹介をします。

もはや時代はVtuberの時代と言っても過言ではありません。

ということで、御味噌屋もVtuberのアバターを作ってみました。イラスト

そう、御味噌屋制作中のゲーム「NASTURTIUM」の女性キャラでちょちょっと作ってみました。
しかし・・・プリセのみで作るのって難しいですね。
しかし1体あたり10分程度で作れるので絵描くより全然早い。

これはすごい時代になったなあと。
キズナアイに代表されるVtuberというものが市民権を得て、
お茶の間アイドルのように人気者になっていくというこの時代。
これに乗っからない手はないじゃあないか。
ちょっとこのVtuberを使ってなんかやってみようかなと考えてみます。

人間は人と出逢うために生きていると思っています。
では、人生のうちで出逢いと別れの数ってどっちが多いのでしょうか。
答えは簡単で、「出逢いの数=別れの数」となります。
したがってたとえば5000人の友人がいらっしゃる方の場合、
5000回の出逢いと同じく5000回の別れがあります。
これはもうしょうがない。
出逢わなければ別れることはないし、いつか必ず別れが来るものなんだ。
しかるに人生は得やすく失いやすい。「easy come,easy go」です。

でもだからこそ、出逢いと別れは尊く、有り難いものなのかもしれません。
ということで、ゲーム世界での出逢いと別れと言うものを論じます。

人生とは出逢いと別れというこの2つのサイクルに集約されるように、
RPGにおいてもやはり出逢いと別れを楽しむものです。
RPGとは主人公と彼をとりまくキャラとの出逢いと別れの物語に他なりません。
出逢いも別れもエレメンタリィにして最もドラスティックかつドラマティックなイベントですからね。
「この演出がしたかったんだよー。」というのは大抵出逢いか別れでしょう。

しかし我々は知っているッ!
いや、もっとドラスティックでドラマティックなイベントを知っているッ!

それは・・・「再会」です。
別れたはずがもう一度出逢う。これはなんとファンタスティックなことでしょう。
しかし別れとはもう一度出逢う布石でもあるんです。

中国語で「さよなら」は「再見(ツァイツェン)」と言い、
「さよなら」とはまた逢おうという意味なのです。
これは小学校の時の担任が教えてくれたものです。
またイタリアギャングの使う「アリーヴェデルチ」というセリフは「さよならだ」を意味しますが、
グーグル翻訳すると「a rrivederci」は「また逢う」という意味で翻訳されました。
つまり別れとは再会を約束するもの。これは素敵なことです。
しかしRPG世界では素敵なことでは済まされないケースもあります。

一旦抜けたはずの仲間が再び加入する。
これは制作者側としては結構頭を悩ませるイベントだと思います。
何故ならここに装備品とレベルの問題が浮上するからです。
一旦抜けるってことはそこで成長が止まるというもの。
主人公たちは成長しているのに、再会した仲間は抜けた時のまま・・・。
こんなことはRPG界では結構常識なんですけど、
いざ作ってみると結構そのバランスが悩ましいもの。

成長させずに抜けた時のままの状態であれば、
残念ながら再加入してもしばらくは馬車を温めることになります。
「お前・・・今まで何しとったんや・・・。遊んでたんかい・・・。」
という感じになり、抜けていたスパンに依りますがしばらく戦力にならないことになるでしょう。

では再加入時に成長させていたらどうでしょうか。
しかし抜けた時点での状態では弱いと使い物にならないからと言って、
それを安易に成長させるのは賢明とは言えません。
何度もテストプレイを重ねて、主人公たちのおおよその成長度に鑑みて、
大体これくらいの成長をさせておけば問題なかろうと再会時に調整したとしましょう。
しかし仮にも第一線で魔王軍との熾烈な凌ぎ合いを毎日している主人公と、
抜けた人間が同等の成長をしているなんてどんな修行してんのよってなりますw
また抜けた人間だってパーティの一部なんだから、
そいつを成長させる楽しみだってあるのがRPGじゃあないですか。

この状況はマンガ世界だったら再加入時に成長していないとおかしいんですけど、
ことRPG世界に限って言えば再加入時に成長してなくても、
プレイヤーは割とすんなり受け入れてくれるのものなんですね。
なんですねってこともないですけど、再会っていいですよね。


キャプチャ

ということで、制作中のゲームも微調整に微調整を加える日々です。
この「オプション」で「タッチパネル」仕様にしたい設定を加えたいんだけども、
どうしても出来ないから・・・滞ってますw


そういえば昨日NHK-BSで放送されていた「深読み読書会」という番組を見ました。
普段は小説などを扱っているのですが、昨日はマンガ作品だったので見ました。
何の作品かというと「進撃の巨人」。
御味噌屋はまだ読んだことがないのですが、
(周りの方から貸してあげるから読みなさいというありがたいご厚意がありましたが、
ブームみたいのが去ってから読んでみますということにしてますw)
深読みとか考察みたいなものは好きなので見てみました。

進撃の巨人については読んではいませんが話はわかっていますw
あれです、攻めてくる巨人を倒す物語です。
ディスってんのか?って思われるかもしれませんけど、
実は物語を端的に述べられる作品ってすごいことだと思いますよ。
「〇〇が〇〇をする物語」
名作はこの主語と述語の一文で表すことが出来ます。
・ケンシロウが愛を取り戻すために戦う物語
・上杉達也が南を甲子園に連れて行く物語
・ジェダイが宇宙の平和を取り戻す物語

まぁ昨日の放送はかなりの盛大なネタバレてんこ盛りだったので、
ってゆうかまだ連載しているのにここまで見せてええんかってくらいw
この読んだことのない御味噌屋でさえ、もう最新巻まで読んだ気になれました。
でもかいつまんで、端折ってのテンポのいい秀逸なあらすじでした。

中でも興味深かったのが作者の先生の出身地の紹介。
大分県の日田市で、江戸時代は天領でもあった由緒正しき盆地なのですが、
この盆地という閉塞感が後の進撃の巨人の舞台のモデルとなったそうです。
わかるなぁ・・・。自分も千葉県のとある陸の孤島のような田舎で育ったため、
この閉塞感というのは常々味わってきました。
ちょっとした都会に出るまでかなりの時間を要するし、
移動手段もあまりなく、かといって町の中にはコンビニもない。(信号もなかった)
町の中では組織(子ども会や大手◯◯法人など)がイニシアチヴを握り、
いわゆる古い村社会を形成しており、その輪から弾かれると村八分みたいな。
そういった田舎ならではの閉塞感というのは共感出来ますね。
そして漫画家を目指し上京しバイト中に絡まれた酔っ払いが巨人のモデルになったとか。
そもそも初めて東京に出た時はみんなエイリアンに見えますよね。
特に田舎で育ってきたような人間からすると東京の人はこわかもん。
作者がどのようないきさつからその物語に至ったのかというのは面白い。
それが実体験に基づいたものであるならなおさらだし、
その実体験から物語の先の予想とか考察するの面白いですよね。

そう、考察と言えば最終的にどのようなラストを迎えるのかという予想が番組内で展開されていました。
これは出演者のみなさん熟読されてなかなか鋭い考察を交えての予想でしたが、
まだ読んでいない御味噌屋が、読んでいないくせにラストの予想をしてみます。
個人的には名作とは「始まり=終わり」だと思っています。
つまり初回と最終回とは状況が同じであることが好ましいと思っています。
ただし最終回では初回と比べ主人公の精神にちょっとした成長が見えるものです。

例えば「スラムダンク」を見ていくと、始まりと終わりはそんなに変わりません。
桜木花道は(ハルコさんに)モテたいがためバスケを始めました。
練習や試合、仲間との切磋琢磨を経て、順調に上達。
しかし山王との試合で負傷し、リハビリを余儀なくされることに。
そこで今までの積み重ねてきたものが失われるかもというリセット状態に。
あぁ結局初回に戻るんかいなと思いますが、しかし違う。
最初はモテたい一心で始めたバスケですが、
今は純粋にバスケがしたいという精神の成長は見られました。
「北斗の拳」なんかもそうですね。
ラオウを倒し、カイオウを倒しても、いまだはびこる悪を討つため、
そして愛を取り戻すためにケンシロウの戦いは続く・・・。
しかしケンシロウは一人ではない。強敵(とも)の魂と共にある。

つまり「始まり=終わり」というのはループ状態に見えて、
しかし「強くてニューゲーム」みたいな感じで、完全なるループではありません。
手に入れた精神的な成長というものはループ後も失われず、
それがいわゆる「希望」というものではないかと思います。
しかるに進撃の巨人では最終的には「新たな巨人との戦いは続く」
という展開になるかなと思います。
その巨人は今までの巨人ではなく、別の形の巨人かもしれません。
ウイルス大の巨人かもしれませんし、人の心に巣食う巨人かもしれません。
しかし「巨人≠悪」となり最終的な争いが同士討ちとなった以上、
自然なハッピーエンドに持っていくにはもののけ姫的な感じが無難と思いますw
人間は嫌いだ、でもアシタカは好きだ。
そう、アシタカような人間もいるとサンが少し心を開いたことが精神的な成長なんですね。
そこに希望がある。
結局は状況は変わらない。でもちょっぴり希望はある。
・・・という無難な予想となりました。
まぁ・・・読んでから言えという話ですけどw

今週のトップ絵。
giogio
PIXIVに投稿するマンガを描こうと思って描いたジョルノ&G・E。
どんなマンガかって・・・古今東西のありとあらゆるものに生命を与えたらどうなるのか?
っていうギャグマンガです・・・w


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