御味噌屋

RPG maker MVでゲーム制作してます。 素材・プラグインなんかもご紹介できたら。 いや、まずはエターナる前に完成させねば。

「素材屋御味噌屋」では、あなたのオリジナルゲームの
キャラ・モンスター・立ち絵・1枚絵などのイラスト素材や楽曲などの音楽素材の制作のご依頼を御受付いたします。

ご連絡は omisoya6119@gmail.com まで。

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人間は人と出逢うために生きていると思っています。
では、人生のうちで出逢いと別れの数ってどっちが多いのでしょうか。
答えは簡単で、「出逢いの数=別れの数」となります。
したがってたとえば5000人の友人がいらっしゃる方の場合、
5000回の出逢いと同じく5000回の別れがあります。
これはもうしょうがない。
出逢わなければ別れることはないし、いつか必ず別れが来るものなんだ。
しかるに人生は得やすく失いやすい。「easy come,easy go」です。

でもだからこそ、出逢いと別れは尊く、有り難いものなのかもしれません。
ということで、ゲーム世界での出逢いと別れと言うものを論じます。

人生とは出逢いと別れというこの2つのサイクルに集約されるように、
RPGにおいてもやはり出逢いと別れを楽しむものです。
RPGとは主人公と彼をとりまくキャラとの出逢いと別れの物語に他なりません。
出逢いも別れもエレメンタリィにして最もドラスティックかつドラマティックなイベントですからね。
「この演出がしたかったんだよー。」というのは大抵出逢いか別れでしょう。

しかし我々は知っているッ!
いや、もっとドラスティックでドラマティックなイベントを知っているッ!

それは・・・「再会」です。
別れたはずがもう一度出逢う。これはなんとファンタスティックなことでしょう。
しかし別れとはもう一度出逢う布石でもあるんです。

中国語で「さよなら」は「再見(ツァイツェン)」と言い、
「さよなら」とはまた逢おうという意味なのです。
これは小学校の時の担任が教えてくれたものです。
またイタリアギャングの使う「アリーヴェデルチ」というセリフは「さよならだ」を意味しますが、
グーグル翻訳すると「a rrivederci」は「また逢う」という意味で翻訳されました。
つまり別れとは再会を約束するもの。これは素敵なことです。
しかしRPG世界では素敵なことでは済まされないケースもあります。

一旦抜けたはずの仲間が再び加入する。
これは制作者側としては結構頭を悩ませるイベントだと思います。
何故ならここに装備品とレベルの問題が浮上するからです。
一旦抜けるってことはそこで成長が止まるというもの。
主人公たちは成長しているのに、再会した仲間は抜けた時のまま・・・。
こんなことはRPG界では結構常識なんですけど、
いざ作ってみると結構そのバランスが悩ましいもの。

成長させずに抜けた時のままの状態であれば、
残念ながら再加入してもしばらくは馬車を温めることになります。
「お前・・・今まで何しとったんや・・・。遊んでたんかい・・・。」
という感じになり、抜けていたスパンに依りますがしばらく戦力にならないことになるでしょう。

では再加入時に成長させていたらどうでしょうか。
しかし抜けた時点での状態では弱いと使い物にならないからと言って、
それを安易に成長させるのは賢明とは言えません。
何度もテストプレイを重ねて、主人公たちのおおよその成長度に鑑みて、
大体これくらいの成長をさせておけば問題なかろうと再会時に調整したとしましょう。
しかし仮にも第一線で魔王軍との熾烈な凌ぎ合いを毎日している主人公と、
抜けた人間が同等の成長をしているなんてどんな修行してんのよってなりますw
また抜けた人間だってパーティの一部なんだから、
そいつを成長させる楽しみだってあるのがRPGじゃあないですか。

この状況はマンガ世界だったら再加入時に成長していないとおかしいんですけど、
ことRPG世界に限って言えば再加入時に成長してなくても、
プレイヤーは割とすんなり受け入れてくれるのものなんですね。
なんですねってこともないですけど、再会っていいですよね。


キャプチャ

ということで、制作中のゲームも微調整に微調整を加える日々です。
この「オプション」で「タッチパネル」仕様にしたい設定を加えたいんだけども、
どうしても出来ないから・・・滞ってますw


そういえば昨日NHK-BSで放送されていた「深読み読書会」という番組を見ました。
普段は小説などを扱っているのですが、昨日はマンガ作品だったので見ました。
何の作品かというと「進撃の巨人」。
御味噌屋はまだ読んだことがないのですが、
(周りの方から貸してあげるから読みなさいというありがたいご厚意がありましたが、
ブームみたいのが去ってから読んでみますということにしてますw)
深読みとか考察みたいなものは好きなので見てみました。

進撃の巨人については読んではいませんが話はわかっていますw
あれです、攻めてくる巨人を倒す物語です。
ディスってんのか?って思われるかもしれませんけど、
実は物語を端的に述べられる作品ってすごいことだと思いますよ。
「〇〇が〇〇をする物語」
名作はこの主語と述語の一文で表すことが出来ます。
・ケンシロウが愛を取り戻すために戦う物語
・上杉達也が南を甲子園に連れて行く物語
・ジェダイが宇宙の平和を取り戻す物語

まぁ昨日の放送はかなりの盛大なネタバレてんこ盛りだったので、
ってゆうかまだ連載しているのにここまで見せてええんかってくらいw
この読んだことのない御味噌屋でさえ、もう最新巻まで読んだ気になれました。
でもかいつまんで、端折ってのテンポのいい秀逸なあらすじでした。

中でも興味深かったのが作者の先生の出身地の紹介。
大分県の日田市で、江戸時代は天領でもあった由緒正しき盆地なのですが、
この盆地という閉塞感が後の進撃の巨人の舞台のモデルとなったそうです。
わかるなぁ・・・。自分も千葉県のとある陸の孤島のような田舎で育ったため、
この閉塞感というのは常々味わってきました。
ちょっとした都会に出るまでかなりの時間を要するし、
移動手段もあまりなく、かといって町の中にはコンビニもない。(信号もなかった)
町の中では組織(子ども会や大手◯◯法人など)がイニシアチヴを握り、
いわゆる古い村社会を形成しており、その輪から弾かれると村八分みたいな。
そういった田舎ならではの閉塞感というのは共感出来ますね。
そして漫画家を目指し上京しバイト中に絡まれた酔っ払いが巨人のモデルになったとか。
そもそも初めて東京に出た時はみんなエイリアンに見えますよね。
特に田舎で育ってきたような人間からすると東京の人はこわかもん。
作者がどのようないきさつからその物語に至ったのかというのは面白い。
それが実体験に基づいたものであるならなおさらだし、
その実体験から物語の先の予想とか考察するの面白いですよね。

そう、考察と言えば最終的にどのようなラストを迎えるのかという予想が番組内で展開されていました。
これは出演者のみなさん熟読されてなかなか鋭い考察を交えての予想でしたが、
まだ読んでいない御味噌屋が、読んでいないくせにラストの予想をしてみます。
個人的には名作とは「始まり=終わり」だと思っています。
つまり初回と最終回とは状況が同じであることが好ましいと思っています。
ただし最終回では初回と比べ主人公の精神にちょっとした成長が見えるものです。

例えば「スラムダンク」を見ていくと、始まりと終わりはそんなに変わりません。
桜木花道は(ハルコさんに)モテたいがためバスケを始めました。
練習や試合、仲間との切磋琢磨を経て、順調に上達。
しかし山王との試合で負傷し、リハビリを余儀なくされることに。
そこで今までの積み重ねてきたものが失われるかもというリセット状態に。
あぁ結局初回に戻るんかいなと思いますが、しかし違う。
最初はモテたい一心で始めたバスケですが、
今は純粋にバスケがしたいという精神の成長は見られました。
「北斗の拳」なんかもそうですね。
ラオウを倒し、カイオウを倒しても、いまだはびこる悪を討つため、
そして愛を取り戻すためにケンシロウの戦いは続く・・・。
しかしケンシロウは一人ではない。強敵(とも)の魂と共にある。

つまり「始まり=終わり」というのはループ状態に見えて、
しかし「強くてニューゲーム」みたいな感じで、完全なるループではありません。
手に入れた精神的な成長というものはループ後も失われず、
それがいわゆる「希望」というものではないかと思います。
しかるに進撃の巨人では最終的には「新たな巨人との戦いは続く」
という展開になるかなと思います。
その巨人は今までの巨人ではなく、別の形の巨人かもしれません。
ウイルス大の巨人かもしれませんし、人の心に巣食う巨人かもしれません。
しかし「巨人≠悪」となり最終的な争いが同士討ちとなった以上、
自然なハッピーエンドに持っていくにはもののけ姫的な感じが無難と思いますw
人間は嫌いだ、でもアシタカは好きだ。
そう、アシタカような人間もいるとサンが少し心を開いたことが精神的な成長なんですね。
そこに希望がある。
結局は状況は変わらない。でもちょっぴり希望はある。
・・・という無難な予想となりました。
まぁ・・・読んでから言えという話ですけどw

今週のトップ絵。
giogio
PIXIVに投稿するマンガを描こうと思って描いたジョルノ&G・E。
どんなマンガかって・・・古今東西のありとあらゆるものに生命を与えたらどうなるのか?
っていうギャグマンガです・・・w


ということで、pixivにアップしました。

アニメ「ゾンビランドサーガ」より純子と愛です。
いわゆる純愛コンビというツートップ。

ほんにやーらしかなコンビで。

いやー、おもろかったよ。2期が楽しみなアニメですね。
うん、この2019春アニメで一番おもろいわ。(2018秋アニメですw)
今ちょうどTOKYO MXで再放送やってるから見てますが、
金曜深夜は「ゾンビランド」「ジョジョ5部」という強烈な1時間なんです。

どっちもよく手足が取れるし、すぐくっつくし、そういえばブチャラティもゾンビだし。

そう、ジョジョは手足なんぞ取れたって護衛チームには2人もくっつけられる人いるもんね。

そりゃ手足取れてもいいやって戦い方するわねw


正反対かなと思ってたこの2アニメ、意外にも似ているッ(似ていないw)
どっちも面白いのは何故かというと、どっちも熱量がすごいから。
制作の本気がうかがえるから面白いんですよね。

しかしゾンビランドに2期があるとしたらどんな感じなんだろうか。
まぁ、1期は中途半端な終わり方だけども、でもこれはこれでいいのではないかな。
だって結局フランシュシュが佐賀県を救ったら、
もうフランシュシュの目標は達成されたわけで、あとはみなさん土に還る感じになりそうだしね。
逆に2期が見たいと思ってるくらいがちょうどいいのかも。



バーン!
ゾンビランド2

ということでした!

ということで、この1週間は今後の制作ペースを上げるためにあえて1週間何もしませんでしたw
いつも休み休みやっているだろうと言われたら反論出来ませんが、
しかしこの1週間はパソコンに触れないという完全オフ指令を出しました。
おかげでかなりスッキリで今後の制作に好影響を及ぼすと思います。

で、この1週間のうちに何をしてたかというと、DIYとか掃除とか子どもとゲームしまくるとか、
宇宙の勉強とか読書をしてみるとかいろいろ楽しめました。
その中で楽しかったのが「ガシャポン2000円分引いてみる」というものでした。
欲しいガチャが3種ほどあったので、それぞれ600円ずつくらい使ってみようというもの。
で、近くのドンキホーテに赴いてガシャポンゾーンでわくわくしてみました。
しかし途中でガシャポンの不調でカプセルが出てこず、お金も返ってこずというアクシデントが!
店員さんを呼んだところちょっと直せそうになかったらしく、
「好きなの持っていっていいですよー。」とラッキーな展開になりました。

まぁ、普通の人ならどれにしようかよく吟味するところでしょう。
しかし私は目をつぶって奥の方からカプセルを取ったのでした。
妻からは「あんた何してんねん。好きなのとりんさいや。」と責められました。
しかし私にとっては「ガシャポンの楽しさはそうじゃない、何が出るかわからんからいいのだ。」
まぁそうでしょう。そのスリルを味わいたいからガシャポンを引くのであって、
ただ揃えたいだけならメルカリで揃ってるのを買えばいいのだから。

で、私は結局そこでドラゴンボールでいうところのヤムチャ的なキャラを引いたのですが、
妻から「まぁハズレだよね。」って言われました。
ちょっと待てや、そのセリフは聞き捨てならねぇということで、小一時間ほど説教タイム。

私は好きな野球チームは?と聞かれると
「ない。すべて好き。全体として好き」と答えます。
ラブライブでも推しメンは?と聞かれても
「いない。全員好き。誰が欠けてもダメ。」と答えます。
ハズレとかないんだよ。全員が当たりなんだってば。
その作品全体が好きなので誰が好きとか嫌いとかそういう議論はナンセンス。
そもそもキャラの良さってその人単独で成り立つものではないと思ってます。
あくまで周りのキャラとの相関関係でキャラの良さが光るものであり、
周りのキャラとの切磋琢磨や凌ぎ合いがその作品世界の良さを作るものだと思ってます。
しかるに無駄なキャラなんていないんですよ。みんな意味があってそこにいる。
みんな違ってみんないいなんです。だからハズレなんてない。
そもそも作品自体が好きでなければキャラの好きも嫌いもありません。
裏返せば作品自体が好きであればどのキャラも好きも嫌いもないでしょう。
どのキャラもその作品世界を彩る1ピース。
1つでも欠けたらパズルは完成しませんもんね。

という小噺を妻にしたのですが「ちょっと何言ってるかわからない。」ということでした。

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